シンクロニシティと風姿花伝

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(写真は木嶋さん(蚕ノ社)の三柱鳥居です。)

ユングさんはそんなに好きではないのですが、
彼の言葉には好きなものが多いです。
その一つが「シンクロニシティ」で、
起こったことがつながっている時は、
良い意味でも悪い意味でも集合無意識にフックしていることが多いといった意味です。
(詳しくは自分で調べてみて下さいね)

毎年9月ぐらいにしている「観のワーク」を今年は7月にしようと思っていて、
ということはそろそろ下準備をしなければいけないのですが、
なんせシンドイ作業ですので一向に進みません。
やっぱり9月ぐらいでいいよなあと甘えてしまいます。

そうすると、なぜかここ最近、
7月にやれというようなシンクロニシティが起こる起こる‥。
スケジュールにも起こり、
店のスタッフさんにも防衛の危険性を説く必要が起こり、
易の卦にも出たり、
とまるで取り囲まれるような状況になってきました…。


本を読むのは昔は多読で速読だったのですが、
古典を学び出した頃からいくつかをゆっくり理解しながら読むように変わってきました。
もちろん集中力がないので、少しずつしか進みません。
(先日調子にのって久しぶりに朝ドストエフスキーさんを何の補助もなしに1時間くらい集中して読んだら、
脳がやられて、その日1日ポンコツになりました‥)


その中の一つの風姿花伝は、何度か読んでいますが良い本ですし、
少しずつ理解できれば進み、できなければ止まるという感じで読んでいました。
ただ、「音曲は体なり、風情は用なり」という一文がどうしても理解しきれず、
1か月くらい足踏みしていました。


で、昨日ふとしたきっかけで、頓悟したのですが、
それは「認識なしには行動はない」という
風姿花伝の底流にある心そのもので、


ようするに極めつきのシンクロニシティでした‥。

というわけで、これから3、4か月僕の機嫌が良くない時は、
見たくない現実をみて苦しんでるんだなあとご容赦下さいね。

シンクロニシティからヌミノーゼにいければ嬉しいんだけどなあ。
(こうやって書いてる時点で無理だろうけど)

以上、外堀も内堀も埋まってしまったなあ‥

という話でした。