ゴロゴロしたおっさんとダラダラした女の子

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(写真は渡月橋からみた冬曙です)

重度の本好きなら一度は通るであろう本に

ジェイムスジョイスさんのユリシリーズがあると思いますが
(僕が勝手に思っているだけですよ)

ご多分に漏れず学生の時に触れる機会がありました。

重度の本好きに多い屁理屈言いをもってしても

上には上がいると思わせる理屈を積み重ねた上に

気が違いそうなくらい長い内容で
(翻訳された方に感嘆します)

歳を重ねて、

延々とジョイスさんの至高体験がかかれていると

認識するようにはなりましたが

今でもあまり近づきたくない本の一つです(笑)。

 で、その中に

「ぼくらは自分の内部を通り抜けながら、盗人たち、亡霊たち、巨人たち、老人たち、若者たち、未亡人や色事仲間たちに出会うのですが、しかし、いつだって自分自身に出会っているのです」

という文章があり、この一文に感銘をうけた覚えがありました。

要するに脱同一化前の相対化のことです。

が思春期になり

腹が立つことも多いけど

世界に対する認知の質が変わってきたように感じることが多くて

それは親として嬉しいことで

ツイツイいつものように大きなお世話で

将来役立つであろうと相対化の話をしてしまいます。

ある日、いつものように家でゴロゴロしていると

 娘がやってきて

「いっつもゴロゴロしてるねー。床と背中がくっついてるんと違う」

といったので、ここかなあと話をはじめました。

「俺がゴロゴロしているのは、

俺の中にゴロゴロしたおっさんがいて

俺がしょうもない冗談を言うのは、

俺の中にしょうもない冗談を言うおっさんがいて

俺がたまに頑張るのは、

俺の中にたまに頑張るおっさんがいるんだ。

俺の中にいるいろんなおっさんは

それぞれエネルギーが必要で

もし、ゴロゴロしたおっさんにずっと我慢させて

頑張りすぎるとゴロゴロしたおっさんは

怒って暴れだすんだよ。

暴れだしたら大変で長い間ずっとゴロゴロしないと収まらなくなるんだよ。

だから俺はこうしてゴロゴロしているんだ。

何かを頑張ろうとか、続けようとかする時は、頑張るおっさんや続けるおっさんではなくて、先にゴロゴロしたおっさんとかグタグタしたおっさんとか怠け者のおっさんとかにすごく気をつかわなければいけないんだよ。

言うなればすごく気をつかってゴロゴロしているんだ。」

というと娘は珍しく

「なるほど!そうか~、有難う」

 といってえらく納得していました。

それからしばらくしてやらなければならない宿題も手伝いもせず

ダラダラしている娘をみて

「お前、やることやったのか!」

というと娘は

「今ダラダラした女の子に気をつかってるねん」

というのでした……。

以上、思春期は難しい…という話でした。