何かを壁に投げつけて、はりついたものを全部だす。はりつかなかったものも全部だす

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(写真は佐野藤右衛門さんの桜です)

と、いうわけで

ボブディランさんのコンサート

行って参りました。

今、感傷的に

彼から思う

「欲望」

を考えています。

「何かを壁に投げつけて、

はりついたものを全部だす。

はりつかずに落ちたものも全部だす」

というのは

ボブディランさんの言葉だと

記憶しているのですが、
(確か自伝で書かれていたかもしれないというだけでかなり曖昧です。間違えていたらすいません‥)

「はりつかずに落ちたもの」

を思うとき

焦燥感に襲われます。

自分の持ち分で

はりつかずに落ちたものは

何だろう?

ボブディランさんは

落ちたものすら出していたけど

僕はどんな

はりつかずに落ちたものを

出すことができるのだろう?

哲学は

解き明かすことではなく

今のところただの理屈になってしまったけれど、

それでもなお

好きなハイデガーさんの

「投企」

という言葉は

死に向かう人間に出来る

唯一の選択として

「投げつけろ」

といっていて、

ボブディランさんのコンサートで

久しぶりに

ハイデガーさんを思い出して、

理屈っぽい人間は

もう間に合わないという

結果も

出てしまったけれど、

それでもなお

「壁に投げつけて、

はりついたものを全部だして、

はりつかずに落ちたものも全部だそう。」

と決めるのでした。

そうするとやることだらけだ‥。

以上、感傷的な時は

自己満足に終始するなあ〜、

それにしても日本人はやさしいなあ〜

という話でした。