京都嵐山 越天楽 縦横無尽

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前に進まないこと   あーでもないこーでもないの先





 

今回特に言語化しにくいものを自分の為に書いているので辻褄合わないと思います。読みたい人だけ読んで下さいね。ninnnaji88

(写真は成就山八十八ヶ所の五十三番です)

 

先日、「あーでもないこーでもない」というブログを書きまして、

「そうですよね。分かります。」というような共感のメールまで頂き嬉しかったのですが、

何だか違和感があるのでかきます(メール頂いた方すいません)。

 

あーでもないこーでもないと前に進むことをしていると、

大変ですけれど結構楽です。

前に向って頑張りさえすればいいので。

 

現象として悩ましいのは

あーでもないこーでもないとしていて、

どんどん上がり続けていると必ず平らな場所が出てくることです。

どんなに前に進もうとしても、

上に行けない時、

下手すると下がっていく時が出てくることです。

 

 

この時、前に進もうとすると何故だか、

自分の健康や家族の健康を害したり、

上手いこと行かなくなって様々なことが起こり、

八方塞りになります。

 

もともと歴史が好きで、

この様に前に進まなければならない、

こうあるべきという思考法はいつからかなあとみてみると、

どうも戦後にアメリカさんが来た時からのようです。

最近特に日本や中国の古典に意識的に触れるようになると、

みんな処し方として(この処し方としてというのも前に進むという思考法ですが‥)

全く反対の「前に進むな」と同じことをおっしゃっています。

 

「受け入れろ」

「前に進むな」

「治そうとするな」

「こうすべき、こうあるべきとは存在しない」

「諦めろ」

「手放せ」

「少しずつ」

「落ちる時は落ちろ」

「答えを求めるな」

「ただ繰り返せ」

 

 

最近家族が体調悪くなり、

それを治そうと色々術を探していますが、

それを治そうとせずに、

何故事象が起こったかを考え受け入れろということは、

今まさに目の前に起こっていて、

今までの思考の癖もあるだけに

難しく、

どうしても治そう、治そうと前に進んでしまいます。

 

 

言葉にすると簡単で、でも意味はどうしても変わって来るのだけど

「そうなんだよな〜」

を受け入れ、味わうことなんだよなあ‥。

 

 

 

そんなことを考えながら今の日本を考えると‥‥‥。

 

 

以上、やっぱり言葉は自分から離れた瞬間に違うものになるなあという話でした。



 

2015年10月26日 00:00