エンドロールのつづき
(写真は大雪だった日の嵐山です)
ただでさえ少ない意志力が年々衰えてくるなかで、
より深く知りたいことであったり、感じたいことであったりする欲望は相変わらずというかむしろ増える一方で、
それを満たそうと思うと継続が必要なわけで、
少ない意志力で何とか続けるために
友人達と学習会したり、有志達と読書会したりと何とか継続するために足掻いたりしています。
その中の一つにサブスクの映画を毎月2本鑑賞するというのものがあり、
もう何年も続けています。
ただ、映画館でみるのとパソコンの画面でみるものには
最近では中学生の娘ですら使っている「似て非なるもの」
という大衆化した孟子さんの言葉で表現されるような、
感性を摩耗させていくものがあるような気がするのです。
数年前からネット販売をはじめて、
映画館で映画をみることとパソコンで映画をみることの違いのように、
店舗での販売との違いを思い知り、
どちらがいい悪いというわけではなくそれぞれの違いがある中で、
自ら店に立ってお客様と対面するからには
パソコンで映画をみてもらうだけではなく
映画館で映画をみた気持ちになってもらわなくちゃと
改めて思うのです。
で、今年に入って月に1回は映画館で映画をみるようにと決めたのだけど、
継続のための自身のリソースはいっぱいいっぱいなので、
このブログを使って継続の緩い縛りにできればなあと考えて
いいなと思う映画があった時、感想を書いていこうかなと思っています。
いいなと思うかどうかの問題もありますが
最近は、ヨーロッパだけではなく中国や韓国、インドやベトナム、タイなどのアジアにも
質の高いと感じる映画が多くて
そんなに心配はしていません。
長々と書いてきましたが
ようするに月に1回映画館に映画をみに行って
面白いと思ったら感想を書きますねという内容です。
ちなみに先月1月にみたのは
「エンドロールのつづき」です。
さて簡単な備忘録的な感想です。
あくまで個人的な意見ですので、おかしな内容なこともあると思いますが
ご了解ください。
「エンドロールのつづき」
初期衝動においてはイラン映画の「駆ける少年」の方がよいと感じるし、
映像の光や色の表現する心象風景においてはタルコフスキーさんの方が優れているように思う。
インドの映画だけと生粋のインド映画のように滑稽なくらい陽気ななわけでもない。
ただ、意図的な光や色の表現は好きだし、
深く考えているようにみえる登場人物が、実は何も考えていないような馬鹿げたシーンが多用されていてテンポがいい。
初期衝動を表現されているように思ったが、話の構成はアーサー王物語のパーシバルのような少年が母から旅立つ物語で、
それを基にしたスターウオーズを彷彿とさせるシーンがあったりして、面白かった。
この映画の中でのオビワンは死なずに失職した後、主人公に紹介されて再就職する(笑)
また、より母から旅立ちを象徴するような繰り返される母親の料理のシーンは美しくおいしそうだった。
監督の自らの生い立ちを実話をもとに表現しているということで、
この映画自体が監督にとっての旅立ちからの帰還なのかもしれない。
以上、久しぶりに文章を書くと相変わらずうんざりするほど理屈っぽいなという話でした。