初代竹山さんと2代目竹山さんとプラシーボと閾値(いきち)と
津軽三味線の初代高橋竹山さんは名前だけ聞いていたぐらいで
数年前の初代と2代目の竹山さんを取り上げる映画まで音源に触れることはありませんでした。
ただ、数年前にたまたまみた映画でその音の凄みに鳥肌が立ち、ただただ圧倒されました。
(初代竹山さん)
映画の内容は詳しく覚えていないのですが、
初代が物故された後、2代目を継がれた2代目竹山さんが
女性ということもあってか、
20年くらい、津軽三味線の地である青森で演奏できず、
20年ぶりに和解して青森で演奏されて、
青森の人たちに認められて拍手喝采を受けるといった内容だったように記憶しています。
ただ、最後の拍手喝采の演奏がもちろん素晴らしいのですが、
初代とあまりに違っていて、うーんと首を傾げてしまいました。
まあ、フェリーニさんとかがよくやるように、
監督さんがみる者の感情へ意図的にざわざわした違和感を感じさせようとしているのかなあと
かってに了解していましたが。
(初代竹山さん。年を重ねて表現に凄味が増されているように感じます。特に死の間際のダメな演奏をダメなまま晒しながら、そこに時間とともに命を吹き込んでいく様には感動を越えて戦慄を覚えます)
先月、百貨店イベントに伺った際に
たまたまお客様で初代竹山さん直系のお弟子さんがいらっしゃって
お話を伺う機会があったのですが、
初代と2代目竹山さんの演奏の違いの疑問をぶつけると
お弟子さんに「楽器の違いも大きいよ」
と教えていただきました。
初代の音は氷河期時代に育った木からできた津軽三味線からきていて、
木の目が詰まった独特の音を奏でるその三味線は、今ないそうです。
一方で2代目も初代に劣らず技術的に素晴らしく、
音として違うように感じるならそれは楽器だろうとおっしゃられていたのです。
あっ、いつものようにプラシーボか…と。
で、もう一度初代竹山さんの音源に接してみるとやはりすごい。
何度聞いても楽器を外して考えてもすごい。
彼の3歳で失明して津軽三味線を弾くことしかできなかった貧しい生い立ちや、
戦中、戦後に苦労され、
物乞いのように家々を訪ねて演奏してまわったといわれる経験からくる
何かえもいえぬ凄味が演奏にのっているような気がしてならないのです。
でも、2代目さんに映画の映像では僕だけかもしれないけど凄味が感じられない。
それは戦争で生死を体験しなかった僕たちや
初めからノウハウや情報や便利を多く与えられている今の子供たちにも当てはまります。
自分ではどう変えようもない絶望であったり、死と隣り合わせの恐怖であったりがない時代というのは
生きていく上での多くのことは快適だったとしても、
表現者でもない零細中小自営業者にとっても
越えがたい壁のように感じるのです。
そうするとカマシワシントンさんのように
過去のジャズやすべての音楽を網羅して編集したうえで
膨大な時間をかけて、自分の音をのせていくために期待をしない努力し続け、
こないことを前提としながら、
創発がやってくるのを信じるしかないという
いつもの姿勢しかないわけで…。
(2代目竹山さん。彼女にしか出せない音が感じられ素晴らしい演奏で、モダンで聞きやすいです)
これはこれで向き合わされたような
あーそうですね頑張りますよ来年も…といいたくなるような
一年最後の締めくくりとなった気がします。
以上、今年最後もいつものようなやるせない、
言語化すると陳腐になる話しでした。